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2013年11月15日

確認の重要性

職場でいろは堂のおやきをいただきました。
10個ずつ入ったものが2パック。
見たことのあるおやきよりも分厚く丸っこい感じです。
プラスチックのパックは簡易包装紙が巻かれて輪ゴムで縛られ、
その紙をぺろりとめくると『ぶなしめじ』のシールが貼ってあります。
しめじのおやきなんてお昼ご飯にもってこいの具材です。
丁度今日はパン1個しか持ってきてませんから、
しめじのおやきで空っぽの胃袋を満たすことにしました。
輪ゴムをぱちんとはじいて外すと、勢いよくパックの蓋が開き、
綺麗に敷き詰められたおやきが10個姿を現しました。
隙間がないくらいみちみちと詰まっています。
上下の焼き目部分を横にして並んでいるので、
こちらからは焼かれていない白々した生地が目に入ります。
規則的な配列の一番手前のおやきを手に取り口に運びました。
顎関節症のこの口で最大開口量を記録するくらいの大口でがぶりと。
醤油味でぷりっとしたしめじを想像して噛り付いたのですが、
ねっとりした食感がやってきました。
かぼちゃでした。
しめじを食べる気満々で噛り付いたのに、
考えもしなかったかぼちゃが口の中に入っていました。
かぼちゃが嫌いというわけではありません。
むしろクミンをきかせたかぼちゃのポタージュや、
西荻窪のグレースのかぼちゃタルトは大好物です。
だけどおやきでかぼちゃは選択する考えはありませんでした。
だってしめじって書いてあってしめじを手に取ったのだから、
そりゃ脳がフル稼動してしめじから想像される味、香り、食感が
全身に伝令するわけですよ。
味蕾もそうだと信じていた。
前歯もその歯ごたえを待っていた。
口腔内の粘膜も唾液で潤っていた。
これだけ口の中はしめじを迎える用意はできていた。
なのにかぼちゃがこんにちは。
全身を貫くこれじゃない感。
かぼちゃ、お前じゃない。
お前はどこからやってきたんだ。
わたくしは食べる前に確認したはずでした。
包装紙をめくって『ぶなしめじ』と。
何かの間違いだと思い包装紙全てを剥ぎ取ると、
そこには5種類の具材のシールが貼ってあり、
一番向こう側からぶなしめじ、野沢菜、粒あん、野菜ミックス、かぼちゃでした。
わたくしが確認したのは一番向こうのぶなしめじ。
そして手に取ったのは手前のかぼちゃ。
てっきり全部ぶなしめじだと思い込んでいたものですから、
このような失態を演じてしまったのです。
この中なら粒あんはまず却下ですが、
その次に却下するならかぼちゃでした。
しかしながらすでに一口食べてしまっています。
食べかけを捨てるわけにも誰かに譲るわけにもまいりません。
ここはひとつ涙を呑んで完食し責任を全うすることが真っ当な人間の努めでしょう。
でもね、食べても食べてもかぼちゃなんですわ。
かぼちゃ以外具がない。
且つ、マッシュされたかぼちゃだから隙間が全くなく、
ぎっちりかぼちゃが詰まっているというこの時ばかりはありがたくない仕様。
これがしめじだったらネギも入っていて味の変化を楽しめて、
しめじなりの隙間が生まれて密度も適度なのに。
どんなに分け入っても分け入ってもかぼちゃしか出てこない。
出口の見えない森ってこんななのかーとうっすら迷子になりそうな気持ちでした。
やるせなさとかぼちゃを噛み締めていると、
職場の方が目の前でおやきを食べ初めて言いました。
「うん。しめじは美味しいですね」
奈落の底に突き落とされました。
まさかわたくしが熱望したしめじを目の前で食べられて、
そして美味しいと感想まで聞かされるとは。
前世でかぼちゃに悪いことでもしたのかしら。
おやき自体はもちもちとした生地でぱさつきがなく、
大変美味しいものでした。
次に必ず食べるならぶなしめじを選びます。
しっかりシールを確認してから。

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