2006年02月03日

ジーンズ禁止令

オーストラリアのとある中学校でジーンズの着用が禁止される予定だそうです。
コレ。
わたくしの学生時代、『学内でのジーンズ禁止』を声高に叫ぶ先生がいらっしゃいました。
その先生曰く、
「ジーンズはアメリカの労働者階級のために作られた衣服で、
 清潔感が見られない。
 よって医療の道に携わる者には相応しくない」
とのことでした。
しかしながらたった一人の先生の持論のために、
ジーンズを止める学生は少なく、
ひとたび先生にジーンズ姿を見られれば、
頭を叩かれるのを避けるために
走って逃げるという手段を取っておりました。
わたくしの場合、週に1回先生の講義があるのですが、
その度にうっかりジーンズを履いてしまいまして、
頭を叩かれたり、嫌味を言われたりしておりました。
そんなこんなで3年も経つと、
先生は突然、ジーンズについてアレコレ言うのを止める宣言をしました。
ジーンズの歴史がどーのとか言っても、
ファッションの流れは止められないみたいな理由だったと思います。
こんなニュースを読んで、ふと昔を思い出しました。

2006年02月02日

家族写真

赤子の1歳記念に家族で写真を撮ることにしました。
と言っても、こういう場所での撮影ではなくセルフです。
夫の衣装はパキスタンのイスラム服とフンザ帽。
わたくしの衣装はウズベキスタンの衣装にカンボジアのスカーフ。
赤子の衣装はいつものTシャツ、ズボン。
赤子だけ浮きまくっております。
久しぶりに気合を入れてフルメイクをしたら、
すんごい濃い顔の人になりました。
写真はとてもじゃないですが公開できません。

2006年02月01日

ドイツ語検定

色々ありましてドイツ語検定について調べておりましたら、
『ドイツ語検定=独検
と略すことが判明しました。
どっけん。
どっけん?
どっけんと言えば、DOKKENです。
ドン・ドッケンさんとジョージ・リンチさんと他2名の雄バンド・ドッケンです。
これはLAメタルになるのかしら。
中学の頃聴いてました。
それにしても久しぶりにサイトを見たらびっくり。
何事もなかったかのように再結成してました。
リンチさん抜きで。
アクセルが入ればGuns’n’Rosesのように、
ドンが入ればDokkenらしいです。
そして年取ったなー、ドン。
という印象です。
見た目きれいですが、
多分Photoshopで加工してあるだろうから、
実際見たらすんごい皺だらけだと思います。
ドラッグ&ホニャララ&ロックンロールの方々ですから。
若い時は、体に毒なことばかりしてきたに違いありません。
先ほどの独検がor.jpで、
DOKKENのURLが.netでした。
それでは.comは何だろうと思い調べてみると、
Jason DokkenさんのHPでした。
普通の人みたいです。
.jpは諸事情により休止中とのことです。
そしてジョージリンチさんのHPも見てみました。
これがすこぶる面白いサイトでした。
妙な甲冑姿をバックに、
骸骨ギターを持ちながら恍惚とした表情のジョージさん。
股間付近には何故か『先生』の文字が。
その下には『DOJO』のコンテンツが。
道場?
どうやらジョージリンチ『先生』のギター『道場』の意味らしいです。
DOJOについての説明があります。
寺に向かって座禅を組んでいるジョージさんを背景に、
「lesson from Sensei George Lynch」
「provide additional help to assist in the making of a future Guiter Sensei」
とか書いてあります。
先生ジョージリンチ。
未来のギター先生。
これまでも親日家のメタルさんはいらっしゃいましたが、
ジョージさんも例外ではありませんでした。
でもMIスクールの校長になったポール・ギルバートや、
奥さんは日本人で日本語ペラペラ、
そして西新宿在住のマーティー・フリードマンのようにはならないと思います。
ジョージ先生は、アリゾナ州フェニックスの豪邸に住んでおられたはずです。
もしギター道場を日本で開校したら、
ポールギルバートのライバルになりますね。

2006年01月28日

ファミコンナイト

今年大学を卒業して実家に戻るという近所の住民の送別会が、
これまた近所のBarで開催されました。
送られる側の当の本人には、
わたくしとマリオカート対決をするファミコンナイトを開催という話になっており、
送別会というサプライズパーティーだったようです。
なぜマリオカートかと申しますと、
彼はマリオカートの世界ランキング12位でして、
HPにもしっかりランキングされております。
コレ。
ついこの間までは11位だったそうですが、
「ブラジルのギルヘルム・アランテスに抜かれました!」
というメールが来ました。
「ギルヘルムって誰だよ」
と素朴な疑問だったのですが、
本当に世界ランキングにエントリーしているという事実がわかり、
「ほう、こいつがギルヘルムか」
と親しみを持てるようにまでなりました。
ついでに1位は誰なのか尋ねると、
「オランダのカレルです」
友達のノリのようで面白いです。
ということで、夫に赤子を1時間半ほど任せ、Barに向かいました。
こう書くと、赤子を置いて夜の街に繰り出した遊び妻と思われそうですが、
実は22時までと時間が決められており、
帰ったら夫と選手交替です。
夫の方はオールナイトです。
「途中で帰ってくるのは気持ちが落ち着かない」
とか申しております。
そうですか。
だからわたくしを先に送り出すのですか。
それはわたくしも同じなんですが。
納得がいきません。
ともあれ、Barではファミコンのセッティングが整い、
いざファミコンナイトが開催されました。
ファミコンを持参したゲーム評論家の方がカセットについて説明してくれます。
「このスーパーマリオ3000円もしたんですよ。びっくりですよ」
どうやらこの日のために買ってきたようです。
他のカセットはグラディウス、ゼビウス、スターソルジャー、
スターフォース、スターラスターなどのシューティングものや、
ハイパーオリンピック、ファミスタ、テニスなどのスポーツものに加え、
ドルアーガの塔、女神転生なんてのもありました。
女神転生なんて閉店までに終わらないと思うんですが。
ファミ魂家郎(ふぁみこんやろう)というハードのレプリカに差し込んで、
プロジェクターの映りとスピーカーのチェックをします。
いきなりバグっております。
すかさずカセットを引っこ抜き、
ふぅと一息拭きかけ、埃を払いました。
懐かしいこの動作。
正月の羽つきと同じくらい今では見なくなった光景です。
バグも直って、スーパーマリオの音が聞こえてまいりました。
ピコピコ電子音をBGMに、大画面でマリオが動いております。
ゲーム評論家の方は、
「あー。やっぱり任天堂クオリティは素晴らしいですね」
みたいなことを言いながら感動もひとしおといったところです。
さて、本日のメインである世界ランキング12位の
彼の神業を見せていただくことにしました。
以前、
「これだけは僕に勝てるってゲームありますか?」
と聞かれ、うっかりスーパーマリオと言ったところ、
「それは農民が天皇に刃向かうようなもんですよ!」
と一蹴されたことがあります。
その天皇の技を見ましたが、
何かすぐ死んでます。
ノコノコにやられてます。
プクプクにやられてます。
口直しにスターソルジャーをリクエストです。
今度こそ神業が見られると思います。
ラザロ合体前に倒せませんでした。
デライラ同時破壊も失敗でした。
そして死んでしまいました。
「アルコールが入ってるから指先が・・・」
とか言ってます。
それなら世界ランキング12位のマリオカートならどうでしょう。
それではお願いします。
途中、プロジェクターの向きを変えられるというアクシデントに見舞われ、
5位で失格という非常に不本意な成績で終わりました。
「コントローラーが・・・」
コントローラーとの相性が悪いようです。
それでも次のレースでは、
しっかり1位を取っていました。
ようやく面目躍如です。
こんなに楽しいゲームなのに、
なぜ夫はゲーム禁止令を発令するのでしょうか。
ゲーム評論家の方に話すと、
「ゲームが好きな人に悪い人なんていませんよ!ええ。
 情操教育に良いと思います」
世界ランキング12位の方も仰います。
「そうですよ。集中力も高まるじゃないですか」
なるほど。
それならわたくしが帰った後、
ここに交替で来る夫を諭してくださいと頼み、
Barを後にしました。
翌日、ゲーム評論家の方からメールが来ました。
「Mさん、ファミコンでご満悦でした。ここはマリさんも強気になって、
 ファミコンを毎日やりたいと堂々と言いましょう」
どうやら夫は昨晩、ファミコンに熱中していたようです。
これで、夫の目の前でNintendoDSを堂々とできるくらいの
交渉材料を手に入れることができましたが、
実現にはまだまだ先のことになりそうです。

2006年01月26日

Omen

その日は友人の通っている鍼灸学校の近くを散歩しておりました。
丁度授業の終わる時間にも近かったので、
近所を散歩中だというメールを打ちました。
スーパーに寄ったり、腹巻を買ったりと、
1時間ほど散歩してメールを確認しましたが、
返信はありませんでした。
ところが、家路に着く前にオムツを買おうとホームセンターに入ったら、
偶然にも返信のなかった友人にばったり対面したのです。
メールを見たか聞いてみると、まだ見てないと言います。
ごちゃごちゃしている店内ですから、
あと3秒遅ければすれ違って会うことはなかったでしょう。
しかし、わたくしは散歩中の時点から、
どこかで友人に会う気がしてなりませんでした。
何故か?
この日はやたらと白い杖を持った目の不自由な方に遭遇するからです。
友人はヘレンケラー学院に通っています。
その友人と類似点を持つ人間に何度も何度も会うということは、
何かの前兆のような気がしたのです。
結果、友人の顔を拝むことができました。
不思議と言えば不思議な体験でした。

« Previous | Next »