2008年03月15日

息子の書くアラビア文字


自分の名前を書いたそうです(クリックで拡大します)

2008年03月14日

バス事故遭遇

フィリピンのバナウェからマニラに向かうバスの中での出来事です。
バナウェは山中の村でして、
ここからマニラへは朝か夜発のバスしかありません。
昼過ぎに着いたわたくしとカナダ人・ジャネットさんは、
バスが出るまで村を観光やネットをして時間を潰しておりました。
バスは19時に出発します。
バスはバナウェで一番高級なホテル・バナウェホテル前から出発です。
昼過ぎにはすでにバスは止まっていましたが、
運転手はバナウェホテルのドミトリーで仮眠中でした。
荷物の多いジャネットさんは、鍵の開いていた無人のバスに乗り込み
勝手に荷物を載せておりました。
これでバスだけいなくなったらどうするんだろうと思いながらも、
黙って見ていました。
18時半過ぎにバナウェホテルに向かいバスに乗り込むと、
運転手と車掌が出発準備をしていました。
お客はわたくし達二人以外おりません。
貸切です。何と幸運な。
極寒として有名なフィリピンのエアコンバスも、
客の二人が寒いというのでエアコンを弱くしてもらいました。
そして雨の降る中この後に乗ってくる客はいないと判断したのか、
19時より前に出発しました。
いつも陽気なジャネットさんは、ご機嫌で運転手と車掌さんと話しています。
夜の山道が大の苦手のわたくしは、
バスが動き出してすぐに横になり、
クネクネ道を曲がる度にかかるGに必死に耐えておりました。
15分くらい経った頃でしょうか。
バスが何かにぶつかった衝撃と大きな音で飛び起きました。
わたくしは崖に落ちるのかと思って「ギャーッ!」と叫んでしまいました。
バスはすぐに路肩に止まりました。
ジャネットさんに何が起きたのか聞いたら、
道の端に大きな岩があり、バスが避けきれずにぶつかったそうです。
右前方から思いっきりぶつかったそうでして、
乗降口を見てみると、岩の激突でステップの金属部分がこんもりと盛り上がっており、
ドアがつかえて開かなくなっていました。
バスを走らせると「シューッ」と妙な音もします。
バスの本数が少ない路線ですので後続のバスはありません。
それならばバナウェに戻ることになるのかと考えましたが、
運転手達は「とりあえず走るし、まあいっか」という感じでそのまま走り続けることになりました。
幸いタイヤに損傷はありませんので、
ドアが開かなくて妙な音もしますが走ることししたようです。
この辺の前向きさが好きです。
2時間後。
最初のドライブインで休憩になりました。
止まったはいいのですが、ドアが開かないので出られません。
窓も開きません。
車内から4人で手を振って、ドアが開かないことを必死にアピールしますが、
ドライブインの人達はそう深刻な事態とは思っていないようで、
誰も近寄ってきません。
運転手が外に助けを求めに行くことになりました。
しかし窓から出たくともどの窓も開かないタイプのバスで、
唯一開く窓は運転手席横の小さな窓でした。
体にかなりの厚みがある人だと通れないような大きさです。
ここからまずは運転手が飛び降りました。
続いて、わたくしとジャネットさんが運転手に支えられながらここから脱出しました。
地面までは結構な高さがあるので、
仰向けになって頭の方から出る格好です。
丁度前日に、ハンギングコフィンと呼ばれるサガダ方面特有の棺の山を見たのですが、
まるでその棺に収まっているような格好で運ばれているわたくしを見て、
ジャネットさんは大笑いしていました。
外からバスの前方を見てみると、右側のライトの下がぱっくりえぐれています。
タイヤにモロにぶつかっていたら、大事故になっていたかもしれません。
車掌がバスの中に残り、ドライブインの人に何か金属の棒を持ってくるように指示しました。
誰かがどこからか金属の棒を持ってくると、
バスの中から大工仕事より金属的な音が聞こえてまいりました。
どうやら棒で盛り上がったステップをガンガン叩きまくっているようです。
とりあえず盛り上がりを凹ませてドアが開けばOKという原始的な直し方です。
わたくしとジャネットさんが腹ごしらえをしているうちに、
金属音は止みました。
バスに近づくと、めでたくドアが開いていました。
これで一安心です。
運転手達も腹ごしらえを終え、わたくし達に聞いてきました。
「このバスに乗っていく?それとも他のバスに乗り替える?」
他にもマニラ行きのバスが3台止まっていますが、
どれも混雑しています。
わたくし達のバスは壊れ気味ですが2人で貸切です。
バスが岩にぶつかったり、ドアから出たりという経験によって
運転手とこの壊れバスにも愛着が湧いてきまして、
2人ともこのまま乗り続ける方を選んだことは、
とても自然なことでした。
バスに乗り込んで出発します。
が、今度はドアが閉まりません。
ドアも叩きまくったせいか閉まらなくなったようです。
開かないのも困りますが、
閉まらないのも大変困ります。
走行中、夜風が入りまくりになったら寒くて眠れません。
困ったなーと言いながら、ジャネットさんと話します。
バナウェホテルのフロントには、
マニラまでミニバスを貸切すると10,000ペソ(約25,000円)とありました。
でもこのバスは1人400ペソを払って2人で貸切です。
事故にあったことも含めてもラッキーだったと思います。
怪我人も出ずに済んだのですから。
そんなことを話しながら、バスはマニラに向かって走っていきました。

2008年03月07日

食べ物以外の旅の画像

【マレーシア】
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動物園じゃないところでオラウータンを見ました。
十数mの木の天辺にいるので、すんごい遠いです
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大嫌いなムカデの色鮮やかなことといったら
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カミキリムシもでかいのは熱帯雨林の成せる業
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ウツボカズラを握ったオラウータンの像
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猫の街・クチンでの猫像。目が恐い
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日野日出志風の魚
【シンガポール】
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中国系の人々は旧正月を祝います。見覚えのある齧歯目の獣も祝ってます
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シンガポールの地下鉄とバスでは、JRのSUICAのような非接触型ICカードを使います
このezLINKカードを使うと、運賃も現金より若干安くなります。
お釣りのでないバスではこりゃ便利だということで、
わたくしも買いましたが、カード代S$5は返ってこないので、
結局損してます。
誰かシンガポールに行く機会がある方は、
このカードを貸します。
【フィリピン】
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惜しい
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食用ではありません
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立派な七面鳥が激狭の籠に入れられていました。
食用だと思います
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食用だと思います
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ボントックの肉屋の看板
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クラークのショッピングモールにて

2008年03月05日

犬を食らうための葛藤

今回のフィリピン行きは、フィリピンのエキスパートきょきーとさんから
色々アドバイスを頂きました。
「フィリピンのお勧め料理は?マニラの見所は?」との問いには、
「犬料理。名古屋のヤク○がやってるSM健康サウナ」
という至極明快な回答を得ることができました。
どうもありがとうございます。
サウナの値段は日本並みのお値段でしたので見送ることにしまして、
犬料理は挑戦してみようと思いました。
大久保辺りにも補身湯が食べられる店はありますが、
行ったことはありません。
息子がいると外食というものがあまりできないので、
大久保どころが近所でもお店に入ったりしません。
ということでフィリピンが犬デビューの地に決定しました。
しかしです。
フィリピン到着二日目にカナダ人の女性と会いまして、
話してみたらルートが一緒なので、
どちらかが誘ったわけでもないのにそこから4日間一緒にいたのです。
犬料理が食べられる場所は、
北部の山岳地方にあるサガダかボントックという町です。
そのどちらの町も、彼女と一緒でした。
彼女はとても地球に優しい生活をしている人で、
物を買った時には
「私はこれを使わない。このビニールを作るのに石油を使うし、
 この星の環境をだめにする」
とビニールを断ります。
子供達は自然食で育てたそうで、
彼女自身は基本はベジタリアンです。
たまに食べても魚だそうです。
そういう彼女の前で、「犬食いたい」なんて言えませんでした。
彼女から見たら、わたくしは日本人の代表なのです。
わたくしを通して日本人を知ることになるわけです。
それなのに「日本人は鯨だけじゃなくて犬も食べるのか」と思われたら、
妙なレッテルを貼られそうで、食べられませんでした。
すんごい弱気です。
恐る恐る彼女に「ここ犬食べるんだって」と言ったら、
目を見開いて驚いていました。
でも肉屋の看板に牛豚鶏のイラストの隣に犬が描かれているのを教えたら
喜んで写真を撮っていました。
せっかくのチャンスを自分でふいにしてしまい、
ハイチに行かなかったことといい、今回のことといい、
かなりのヘタレであることがよくわかりました。

2008年03月03日

秘部公開

コチラで書いたように足の裏にイボに悩まされていたわたくしですが、
ドミニカで毎日毎日10kmくらい歩いていた時も激痛で足を引きずっていました。
特に痛いのが朝の歩き始めです。
しばらくは足を引きずるか、変な足の向きで歩く羽目になります。
NYで夜中に地下鉄に乗ったり、1人で歩いている時に
ここで襲われたら走れないなーと心配もしました。
そのまま帰国後、足の裏の痛みは悪化する一方で、
立って料理することも億劫になるくらいでした。
息子をプールに連れて行く時はもっと大変です。
更衣室の床がトゲトゲマットになっているので、
足裏のイボ周辺をピンポイントで刺激するのです。
そりゃもう痛いのなんのって。
そうこうしているうちに次の東南アジアの旅の日程が迫ってまいりました。
液体窒素の激痛治療はこの旅が終わってからすることにして、
イボに効果があるといわれているヨクイニンをダメモトで飲み始めました。
1回6錠を1日3回です。
結構な数を飲みます。
そして近所の自然食品店・ライフリーでハトムギ茶を購入し、
家で飲むお茶はハトムギ茶にしました。
旅行中、ハトムギ茶は飲めませんがヨクイニンタブレットは持っていき、
1日3回頑張って飲んでいました。
飲み始めて2,3日目は変化なし。
それが旅行中にふと気づきました。
あれ?もしかして足が痛くない?
普通に歩いてるじゃん。
旅行5日目くらいには痛みがなくなりました。
足の裏を見てみると、イボの色が黒く変色し始めていました。
イボの周囲が角化して一体どこからどこまでがイボなのかわからなくなっていたのが、
イボの部分だけ変色しています。
これは効いていると思い、
忘れずに用法を守り飲み続けます。
旅行10日目。
イボが益々黒くなり、萎縮&硬化しているように見えます。
イボ周囲の角化した部分を剃刀で削ぎ落とし、平らにしました。
まだイボには触らずにいます。
そのまま帰国。
飲み始めて18日目くらいでしょうか。
足の裏を見てみます。
一番大きな黒い変色したイボの周りをいじっていたら、
ポロリと取れかけました。
本当にポロリです。
イボだけがポロリで、
取れかかったイボの下に見える皮膚は綺麗な色をした健康な皮膚です。
えー。
何これ。
ダメモトで飲んだら本当に効いたー!
わーい。
一番大きなイボはいとも簡単に取れました。
イボは硬化しています。
嬉しくて嬉しくて写真を撮ってjunkitaさんに送りつけました。
液体窒素の痛い治療を激しく勧めていた姉にも送りつけました。
仕事中の夫には「奇跡が起きたー!」と電話しましたが、
「奇跡?じゃあ手短に」
と淡々としていました。
まあ宝くじに当選とかじゃないですしね。
イボですしね。
そりゃ淡白な反応でしょうね。
そのまま小さいイボ2個もいじっていたら、ポロリと取れました。
もう足の裏にはイボのあった穴がぽっかり空いているだけです。
これでイボ地獄から開放されました。
実は今年の初詣でも「イボが取れますように」とお願いしていました。
※言葉だけではこの感動は伝わらないと思い、
  思い切って足の裏をアップすることにしました。
  普段人に見せることのない秘部をあえて公開するこの大胆な試みを
  とくとご覧ください。
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一番大きかった部位
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第二、第三のイボ
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取れそうです
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皮一枚で繋がってます
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鉛筆の先と比較
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三つ取れた跡の穴はすぐ塞がりそうです

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